網膜静脈閉塞症とは
網膜の静脈が詰まり、血液の流れが塞がれてしまう疾患です。流れが塞がれることによって、血液やその成分が血管の外へ漏れ出るため、眼球の奥にある網膜にも拡がります。その結果、網膜の中心に位置するに黄斑に、浮腫が起こって変視症を引き起こします。悪化すると視力低下や目のかすみ、飛蚊症、視野欠損、物が歪んで見えるといった症状が起こります。
残念ながら、詰まった血管を改善させることはできません。放っておくと網膜の酸素や栄養素が足りなくなります。不足分の酸素・栄養素を届けようとするため、本来は存在しない悪い血管である新生血管が形成されます。かなり脆弱な血管ですので、血液やその成分も漏出しやすくなります。新生血管の破裂からくる「硝子体出血」や、膜状に広がった増殖膜による「牽引性(けんいんせい)網膜剥離」、広い範囲の網膜循環不全からくる「血管新生緑内障」などにかかると、失明に至ることもあります。これらの疾患を合併するリスクもあるため、慎重に経過観察する必要があります。
網膜静脈閉塞症の原因
網膜静脈閉塞症は年を重ねるほど発症しやすく、患者数も増える疾患です。実際に、日本人の40歳以上の50人に1人が発症していると報告されています。主な発症原因は、高血圧と動脈硬化です。動脈硬化によって動脈の弾力性が失われると、併走している静脈が押さえつけられます。押さえつけられると血液の乱流が起き、血栓が生じ、血液の流れを止めてしまいます。血液とその成分が血管の外へ漏れ出てしまった結果、眼底出血や黄斑浮腫が起こるのです。
血圧の高い方は注意しましょう
網膜静脈閉塞症は、50歳以上の中高年の方に多い疾患です。そして、高血圧とも深く関わっています。静脈閉塞が生じた患者様の80%は、高血圧のある方だと指摘されています。高血圧によって網膜(眼球の一番内側にある膜で、瞳孔から入り込んだ光がピントを結ぶ部位。カメラのフィルムや撮像素子とよく似た役割を担っています)の血管がダメージを受ける(動脈硬化)ことで、生じているためとされています。血管の炎症を起こした方、血液がドロドロになる疾患(糖尿病など)にかかった方も注意しましょう。
網膜静脈閉塞症の合併症
主に、眼底出血や網膜浮腫が生じます。発症してから3ヶ月~1年以上経ち、症状が落ち着いた慢性期に入ってから、下記のような合併症が現れることもあります。
硝子体出血
塞がれたところから末梢側の毛細血管が破壊されると、無血管野(むけっかんや:血管が伸びていない箇所)ができ、新生血管が作られます。新生血管は、網膜の内側に位置する硝子体(ゼリー状の組織)へ伸びていきます。しかし新生血管は、ささいな衝撃でも破れて出血してしまうほど脆弱な血管です。出血の範囲が硝子体の中まで拡大してしまうと、視界が濁ってものが見えなくなってしまいます。新生血管は、血が流れなくなった部分が広くなるほど、発生しやすくなります。
血管新生緑内障
緑内障は房水のバランスが乱れ、眼圧が上昇することで視神経が障害され、視野が欠けてしまう疾患です。失明に至るリスクもあります。硝子体まで伸びる新生血管は、眼球の前方の組織にも生じることがあり、隅角(房水の出口)を塞ぎます。その結果、眼圧が高くなり血管新生緑内障を引き起こします。難治性の緑内障で失明のリスクも比較的高めですので、速やかに治療を受けることが重要です。
牽引性網膜剥離
眼底から網膜が剥がれて、剥がれたところの視覚に問題が生じる疾患です。硝子体まで伸びた新生血管は、徐々に大きくなり、増殖膜という異常な組織を形成していきます増殖膜は次第に収縮して網膜を引っ張り、網膜剥離を引き起こします(牽引性網膜剥離)。剥がれた網膜の細胞はすぐに機能が失われるため、放っておくと元の状態に戻りにくくなります。早期発見・手術治療が肝心になります。
網膜静脈閉塞症の種類と症状
閉塞を生じた静脈の種類によって、下記のように分けられます。
網膜静脈分枝閉塞症
網膜中心静脈から2つに分かれた後にある、血管の一部が塞がれることで血管が詰まり、血流が途絶えてしまう状態です。心臓へ戻るはずの静脈血が閉塞された箇所から漏れ出ることで、眼底出血や浮腫を発生させます。50歳以上の方に多く見られる疾患で、高血圧や緑内障が引き金となって現れます。主な症状としては、視力低下、飛蚊症、視野欠損、目のかすみ、変視症(ものの形が歪んで見える)などが挙げられます。一部分だけ閉塞している状態ですので、症状の内容も患者様によって異なります。一気に視力が失われてしまう方もいれば、視力低下が自覚できない方もいます。黄斑の近くで閉塞を起こした場合は、症状が重くなります。
網膜中心静脈閉塞症
分岐している網膜静脈は、最終的に視神経乳頭で1本の太い束としてまとまります。このまとまった静脈を「網膜中心静脈」と呼びます。網膜中心静脈閉塞症とは、この網膜中心静脈が塞がれることで、網膜全体がダメージを受けてしまう疾患です。眼球内全ての静脈が集中する箇所なので、黄斑も含めた網膜全体に、血液やその成分が漏れ出て眼底出血や浮腫を発生させてしまいます。出血は時間が経つにつれて落ち着きますが、黄斑浮腫が残ると、黄斑の機能が失われたまま視力が元に戻りにくくなることも少なくありません。また、完全に塞がれるケースと、完全に塞がれないケースに分けられます。完全に塞がれた場合は一気に視力が低下し、治療後でも、視力が元に戻らない可能性もあります。網膜静脈閉塞症は高齢の方に多く見られますが、網膜中心静脈閉塞症は若い方もまれに発症することがあります。
網膜静脈閉塞症の治療
静脈閉塞が発生した直後は、まず塞がった血管の流れを改善させる必要があります。完全閉塞を起こした時の再開通は難しいのですが、完全に閉塞しきっていない場合には改善が期待できます。この治療はもちろん、網膜静脈閉塞の引き金となる高血圧・動脈硬化の治療も極めて重要です。
薬物療法
血流を改善させるため、血栓を溶かす薬や、網膜の血管を拡張させる薬、血液の巡りを良くする薬などを処方します。
レーザー光凝固術
網膜循環不全から眼底出血や網膜浮腫が生じている場合は、レーザー光を当てて焼き固める治療を選択します。焼き固めることで網膜循環のバランスが改善されたり、浮腫が軽減されたりします。網膜循環のバランスが悪くなることで発生する新生血管の発生を予防できるだけでなく、増殖膜の発症予防・増悪の沈静化を図り、その後に起こる硝子体出血や網膜剥離、血管新生緑内障を防いだりする効果が期待されます。
硝子体手術
硝子体を切除する手術です。硝子体出血の吸収が長引くことで網膜光凝固治療がうまくいかなくなったケースや、増殖膜の牽引によって網膜剥離を治さなければならなくなったケースなどに適応されます。
硝子体注射
網膜静脈が詰まることで、血液成分が血管外に漏れ出して起こる黄斑のむくみ(黄斑浮腫)に対して抗VEGF抗体の硝子体注射が非常に有効です。黄斑浮腫は再発しやすいため、複数回の注射が必要となることが多いです。